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2016年3月26日土曜日

ギターをもう一本買ってみようかな。

 僕が現在メインで使っているのはGibsonのFlying Vである。メインというか、マトモに使えるエレキギターはこれしか持っていない。ギターを始めた時からこれだったし、ライブも録音も全てこれ一本でやってきた。

 昔はヤングギターなんかを見ていても、僕が好きなギタリスト達はみんな「メインはこれ一本」と決めていた。たとえば、トニーアイオミであれば、このJay Deeとか。


 愛機に対する全幅の信頼ってやっぱり憧れるじゃないですか。自分もこのくらいボロボロになるまで弾きたいと思ってギター買うよね普通。
 橘高文彦だってどんなに煌びやかな衣装を着ていたってボロボロのフライングVを弾いている。マイケルシェンカーだってライブ中ブチ切れて破壊しなければ今も「4」って書いてあるフライングVを使っていたかもしれない。
 だけどそんな伝説のギタリスト達でさえ、最近は新しいシグネチュアモデルが出たり、最新鋭の楽器に持ち替えたりしている。やっぱり昔のギターは昔の音がするものだ。ロックをやっていて聴いた瞬間に迫力不足だと感じられたら勝負にならない。また、ヴィンテージ系の音を出すバンドでさえも、メンテナンスや録音の利便性から新しい楽器を使うことも多いだろう。
 
 僕に関して言えば、当然のことながらプロではないし、昔好きだったギタリストのように「俺はこれ一本」でいいと思ってやっている。これからもメインのギターを変えるつもりはない。
 しかしここで問題が起こった。それは、今さら気づいたのだが僕の顔や風体がどう見ても「フライングVではない」ということだ!
 全然「フライング」な要素がなく、どこもかしこも「V」ではない。困った。

 誤解のないように言っておくけれど、フライングVというのは形に目が行きがちだけれど、音こそが唯一無二のものだ。同じメーカーの他のギターを使ってもフライングVならではの音は出ない。僕もフライングVの音が好きだから使っているのだ。だけど、世間一般の認知から言ったら、



こうなんだよ!

 使っているだけで、「若気の至り」イメージ抜群。実際、駅で外国人に絡まれたり、自分のバンドでない他のイベントなどに持っていくと(コレしか無いからだが)、「昔はすげー音楽やってたんすか?」「髪さかだてて?」「メイクして?」
……うるせーーー!!!
となる。


 ギターをやっていると自分のバンド以外で、たとえば余興をやってくれとか、連れ合いと弾き語りで人前に出たりとか、そういうこともある。僕は人前に出るために練習をすればどんな曲であっても絶対自分にとって足しになるし、ステージ慣れにもなるので、そういう機会は大切にしたいと思っている。だけどその度にFlying Vのパブリックイメージに悩まされるのだ。

 何年か前のこと。連れ合いの同僚が自分のバンドにギタリストを探していて、頼まれてライブに出たことがある。はっきり言って全然いい曲だと思えなかったけれど、自分がギターソロを弾くんならその部分だけでもめっちゃいい曲にしてやる!と思って、速弾きとメロディを歌わせる部分を組み合わせたソロを作って練習に臨んだ。

 その時もまず、ギターを出した瞬間にお決まりの会話が始まったのだった。そして何度も合わせて、バンマスもOKですありがとうございます本番よろしく!みたいな感じだったので、ニコニコして帰った。
 しかし、家に帰ったら急にそのバンマスからメールが来たのだ。「あの…やっぱりギターソロがイメージと違うので、考え直してもらえます?」と。
 はて、どういうところがどう気に食わなかったんだ?と思ったのだが、「メロディのある曲なんで、あんまり激しい感じのソロはちょっと…」と言うのだ。
 まあ、そういうのって音楽やっていたらいくらでもあることだけども、ひとつ疑問があった。そのバンマスが練習のとき自分が大きな声で歌うのに夢中で、弾き語りもコード見ながら必死にやってたので、あんまりソロなんて聴いていなかったように思えたのだ。
 その時は録音機材なんて持っていなかったので、ギターソロを打ち込んでメールに添付し、「では、こんな感じでどうでしょう?」と送ってみた。さも考えて変えてみたフリをしたが、練習で弾いたのをまったく変えずに送ったのだった!
 すると、案の定「すごくメロディックでいいですね!本番これでお願いします!」と返信があった…。
 主張を通すタイプのバンマスさんだったので、そこで一歩引いたようには思えない。やはり自分が歌って弾くのに夢中でギターソロなんて聴いてないのに、「フライングVは激しい音を出すはず」というイメージだけで「激しいのはちょっと…」とリテイクを要求してきたのだった…。で、あとでソロだけ改めて聴いたら「メロディックで良い」とか言うのだ。
 別に怒りも湧いてこず、こりゃーあとでネタにしよう…くらいしか思わなかった。まあ、もう大人だからね。俺も丸くなったものだゼー。そのバンマスに対して別にじじいふざけんなよ!とか全然思わなかった。もう全然。


 そういうわけで、その頃からお呼ばれしたとき用に変形じゃないギターを持っておこうと思ったのだった。
 最初に買ってみたのは同じGibsonの赤いSGだった。人間椅子の和嶋慎治も使っているし、音もFlying Vに近い。


 しかし、メインギターでもないのにそんなにお金をかけなくてもいいやと思った僕は、ヤフオクに格安で出ていたものをさっさと落札して手に入れたのだった。
 出番が近かったので仕方なかったこともあるが、これが安物買いのなんとやらで、ひどいギターだった。
 ギターのキズ自体は大して多くないんだけど、ネックとボディの間に亀裂が入っていた。そして、ヘッドも折れかかって変な接着剤でつけたような跡があったのだ。あまりにもひどいので返品しようかとも思ったのだが、よく見ていると大して弾き込まれた様子もなく、何度も落としたか、叩きつけたりしないとヘッド&ネック折れなんてことにはならないと、なんだか可哀想になってきた。
 暴力を受けた楽器を保護したつもりになったのと、まあネック折れなんてマイケルシェンカーファンにとって見れば大したことないやと思い直した。

 そこで行きつけのリペア屋さんに修理を頼んだ。これは……大変な目に遭ったギターですねと言われたけれど、接着剤がトラスロッドのところまで流れ込んでいたのをきれいに取ってもらい、調整もしなおして、一応使えるギターになった。本当にヘッドをしっかり直したら4万円ほどかかるようで、そうすると手に入れた値段を超えるので、そこまでする必要はないか、セカンドギターだし…と思った。ところが…
 そのあと、しばらく弾いていたら何もしていないのにペグ(ヘッドについている弦を巻くネジ)がポロっと落ちた!
 もうやだ!まともなギターが欲しい!

 と、思ったのが今の時点である。ボロボロSGは一応、直そうと思ってペグも新しいのを買ってあるが、次にどこが壊れるか分からない。

 今のところセカンドギター候補として考えているのは、
 ・変形じゃないギター。できればストラトシェイプで、善良なイメージを与えるもの。
  (やだあの人、メタル!?と思われないことが重要)
 ・アーティストモデルではない。
  (ギターに特定のイメージがあるとロクなことがない)
 ・赤い
 ・メタルな音が出せる。
 
 と、まあこんなところである。ギターは赤いのがカッコいい。これはもう絶対。他の色とか買う気起こらない。
 そして、メタルな音が出せないとギターを弾く意味自体がない。なぜならハードロック/ヘヴィメタルはこの世で一番優れた音楽だから!他の奴は演(や)るが、俺は殺(や)る!
 どんなジャンル、どんな場面であろうがオーバードライブしたエレキギターの音が最高だということを知らしめてやろうと思います。
 あのバンマスじじい許さねえからなこの野郎!
 

(今回は口が悪くてすみませんでした…)

2016年3月20日日曜日

心に自信を呼び覚ますPV


 あるギターの教則本だか雑誌だかで、「あなたがステージで思い通り弾けないのは何故かというと、失敗を恐れる心があるからだ!」というのを目にしたことがある。当たり前だろうが!
 昔、じゃんぷるの最悪に面白くなかったコーナーで、「暮らしの便利帳」ってあったでしょう。「うきわには空気を入れると便利ですよ」とかそういうやつ。ギター講師だかプロだか知らないけど、あなたの言っていることは、じゃんぷるに投稿している小学生と同じレベルですよーだと言いたくなる。それに、悟ったような口ぶりで人の心の持ちように問題があるようなことを言ってるのはヤダよねぇ。

 失敗を恐れてばかりいる僕が、自信を持っていこう!というときに思い出すことが二つある。ひとつは、小学校時代の出来事である。
 六年生のころ、運動会の鼓笛隊にクラスから何人か選ばれることになった。早めに声変わりして音楽の授業が大嫌いだった僕だったが、なぜか音楽の先生のはからいで小太鼓に選ばれた。そして同じく音楽がニガテな友達の小泉君はグロッケンを担当することになった。毎日放課後に残って練習をしていたのだが、合奏になると小泉君の音は非常に小さかった。はたから見ていても顔がこわばっており、子ども心に「自分は小太鼓だから音階が無くてリラックスできるけど、間違った音を叩く可能性のあるグロッケンは可哀想だな」と思っていた。
 そんな時、音楽の先生(定年間近のおばあさん先生だったが、天空の城ラピュタのドーラのような迫力があった)は、小泉君のグロッケンを「ほれ、貸してみな」と言って取り上げた。何をするのかと思ったら、みんなに合奏をさせて、力一杯にたたき出した。そこまでだったら、お手本を見せる普通の指導なのかもしれない。その先生が変わっていたのは、小学生もずっこけるような「絶妙に間違った変な音」をわざと、しかも力の限りでかい音で叩いて、しかも平然とした顔をしていたところだ。
 ちょっとぐらい音を間違えようが気にするな、音が聞こえなかったら君がいる意味が無いんだから。堂々とやれ。
 …と、そんなことを言葉を使わず小学生に納得させてしまったのだ。ベテラン先生のノウハウの一つなのかもしれないが、がぜん勇気を出して叩き始めた小泉君を見ていたら、僕らにとっては魔法のようだった。

 さて、僕がもう一つ思い出すのは、昔から大好きなボーカリストのPVである。
 バンドで担当しているのはギターなので、本当は自信満々で弾いているギタリストの映像を見た方が良いのかもしれない。でも、なぜか僕にとっては超絶ギタリストのパフォーマンスより、歌の方がずっと勇気をもらえるのである。特に、以下のような条件がそろったボーカリストが良い。

 その1 俺の(私の)表現はこれだ!もうこれしかねえ!という迫力と「つぶしの効かなさ」がある。
 その2 誰にもマネできない、または誰にもマネしたいと思われないオリジナリティがある。
 その3 内面から満ち溢れてくる何かを外に向かってものすごい勢いで発散しているせいで、ちょっとおかしなことになっている。
 その4 歌詞と同じくらいに顔で語っちゃってる。

 さあ、音楽をやっている人もやっていない人も是非観て欲しい。きっと俺は俺らしくやっていこうと思えるはずだから。
 

Cathedral - Hopkins (Witchfinder General)

メタル部門:Cathedralのボーカリスト、リー・ドリアン。
クネクネした動きで一斉を風靡し、なぜか当時のメロデス勢のボーカルも相当影響を受けていた。メタルというジャンルは、たいていボーカリストは全身全霊で声を出し、とにかく一所懸命歌ってますよというのを仕草の中でも見せていくスタイルの人が多いと思う。しかし、彼の場合は声もアクションも合わせて一つの身体表現であり、それでバンドの世界観をあますことなく表現していると言えるだろう。
 見所は、魔女狩りの曲なのにイントロから超楽しそうに登場するところ。そして、3:33くらいの、ヒザ曲げジャンプして両手を内側から回すアクション。どうやったらこんなの思いつくんだろう。




Kate Bush - Wuthering Heights

女性ボーカル部門:我らが永遠のアイドル、ケイト・ブッシュ
ライブも凄まじいアクションだしPVもどれも素晴らしいんだけど、とりあえず一番有名なコレにした。まあアクションというか振り付けなんだけど、イントロでなんか変だぞと思わせておいて、フワーと立ち上がって、なんだこれは可愛くみせたいのか変に見せたいのかどっちなんだ!?と観る人をソワソワさせ、0:25で片ヒザが上がるあたりで、「あ…やっぱり変なんだ」と決定的になるのが素晴らしい。そして、0:35で目をカッと見開いて、だんだんこっちに寄ってくるのか!?こえー!となる辺りもいいですよね。
 そして、この目と口…。そうとう自信があって、自分のこと大好きで、と思う人もいるかもしれないけど違う。当時の彼女は自分の歌声に自信がなくて、だんだんとこういう、すっとんきょうな歌い方を脱して、後のアルバムではより自然な歌声になっていくのだ。振り付けに関しても、ステージ上で自由に動けないから、全部動きを決めておくためのものだという。この全身全霊のパフォーマンスが、自信のなさをカバーするものだというところも「失敗恐れ者」にとっては心強い。
 



The Rolling Stones - Start Me Up

男性ボーカル部門:ミック・ジャガー
 疑問に思うのは、ミック・ジャガーのアクションが何の影響を受けていて、何をどうしようと思ったらこうなるのか、ということである。
 コスチュームもすごい。なんなのこれ、紫の…レオタード!?イントロからビシっとポーズをとって、それが全然カッコよくなくて、そして前に一歩二歩と進んでくるのか!?なんだその不審な動きは!?
 この人はもう、すべての動きがキレてるもんなぁ。あと、もうこの顔で正面向いた瞬間に反則みたいなもんだ…。この曲は80年代だから彼も30代後半だけど、なんて落ち着きのなさだろう。多動としか言いようが無いよね。

 これらを観ていたら、たとえば僕がライブで1音はずして、うわー何やってんだ大事な音を、みんなにきっと下手だって思われる…とか、あれだけ練習したのに…とか、目の前にお客さんがいて演奏している最中にそんなこと思っちゃってるのがいかにクダラナイことかと分かる。自分が一番好きな音楽を、一番好みの音色で、自由な音量でやっているんだから、その間くらい好きなようにやったらいいんだよね。



2015年12月30日水曜日

スターウォーズはやっぱり最高だぜ。(ネタバレなし)


 映画が好きだというと「どの映画が一番好き?」とすごく難しい質問をされて困ることがある。いつの頃からか、もうめんどくさいので「スターウォーズ!」と答えるようにしてきた。それなりに話も弾むし。
 だけど、よくよく考えてみると本当に一番好きな映画はスターウォーズなんじゃないかと思えてくる。

 僕は77年生まれなんだけど、スターウォーズを全作映画館で観ている。というのは、父が「自分が観たいから」という理由で、幼少期の僕を預かりつつ映画館に連れて行っていたのだ。(…と、大きくなってから父に聞いた。)
 ただ、1作目はもちろん全く物心ついていなくて(もしかしたらぐっすり寝ていたのかもしれない)、全然覚えていない。
 2作目は3歳。めちゃくちゃ怖がって、映画館の一番後ろから泣きながら観て、何度も出たり入ったりしたのをよく覚えている。
 そして6歳のころ観た3作目。もう全身の細胞がグラングラン揺さぶられるような気分で劇場を出て、買ってもらったパンフレットを毎日ボロボロになるまで眺めたものだった。ビブ・フォーチュナとかアクバー提督とか、細かい宇宙人の名前だけでなく、ヨーダはフランク・オズ、オビワンはアレック・ギネス…なんて6歳の子どもが俳優の名前を覚え始めてしまった。
 そして隣に住んでいた友達に「スターウォーズすげえんだよ!」と興奮して語って全然理解してもらえず、挙げ句の果てには「他の宇宙人は気持ち悪いけどこれはカワイイよね。イヌみたいで」とか言われ、ばかやろう何がイヌだ!イウォークだぞ…とやさぐれていたのだった。
 人間、覚えても何の得にもならないことを記憶したり、好きなものが友達に理解されなかったりというのがその後の人生にパワーを与えるものだ。僕にとって最初の経験はスターウォーズだった。

 ところで、エピソード1が公開される少し前に、テレビに「スターウォーズ好きの芸能人」として武田真治が出ていた。
 ファンの熱狂を伝えるニュース番組だったんだけど、その中で女子アナに「どんなところがスターウォーズの魅力ですか?」と聞かれ、彼は自分で集めたグッズに囲まれながら、「…だって、面白いじゃないですか!」と答えていた。
 この答えにはすごく共感した。僕もスターウォーズがなぜ好きかと聞かれたなら「カッコよくて面白いから!」と答えるだろう。

 そんなスターウォーズの最新作が公開された。もともと休みが少ない仕事をしていることもあるが、休日は長女と遊ぶことが決定しているため、観に行くのはとても難しい。一緒にお風呂に入りながら何度も「お父さんがものすごく好きな映画だから観に行かせてほしい」とか「一緒に観に行こうか」と説得していたのだが、「だめにきまってるでしょう」とのことであった。

 しかし先日、ついに「仕事」とウソをついて観に行ってしまった。(数えてみたら今年3回目の自由時間であった)
 映画の出来は、何かいろいろ言う人はいるかもしれないけれど、最高だった。なぜなら、スターウォーズだから。
 ルーカスが作ってないとか配給が変わったとかそんなのどうでもいい。ミレニアムファルコンが飛んでライトセーバーが光るんだから。僕は上映中3回泣いた。
 

 さて、このブログは楽しみにしている人がいるのに映画の内容を語るほど野暮ではないのだが、いまものすごくスターウォーズを語りたい。どうするか、では映画以外のことを話そう。
 今日僕が言いたいのは、スターウォーズのグッズについてだ。

 プリクエル時代とはうってかわって、恐ろしいほどにスターウォーズグッズが作られるようになった。
 しかし、これだけ数が出ているのに「これはいい!買おう!」と思えるものはとても少ない。特にアパレル関係。
 さりげないデザインのものも、派手なものも良くない。そして、今風のものも、レトロな雰囲気にしているものも良くない。本当にスターウォーズが好きな人が作っているとは思えない。



 これはBEAMSのスウェットだが、チャンピオンのロゴもついているあたりがいかにもBEAMS。ダメだと思う。



 これはX-GIRL。うーん…プリントだけレトロ感があってもTシャツのシルエットは今風だし(当たり前だけど)、なんか中途半端。そもそもこんな若い女の子がスターウォーズの服着ねーよ!まあ、そう言ってしまったらおしまいだが。

 

 しかし、これは良い!ほしい!…なぜこの人選!?良すぎ!


 そういえば、数年前にギャルソンシャツで作られたコレは大喜びで買ってしまったのだった。

 こう考えてみると分かったことがある。僕はスターウォーズグッズにカッコ良さを求めていない。どこかにダサさが残っていてほしい。


 これも数年前に買ったものだけど、スターウォーズのレシピ集。いい感じにダサい。内容は「Yoda Soda」という緑色の飲み物とか、「Obi=Wan Kebab」とか、バカなものばかり。本自体を置いておくだけでインテリアとしてもおすすめなダサさ加減。グッズはぜひこうあってほしい。

 しかし、いくらダサくてもこれはダメだ!この前見かけて仰天したよ…


 ダークサイドモナカ!…おいおい、いいかげんにしてくれ!おいしかったけど。
 ライトサイドは何か?雪見だいふくか?

 やっぱり、ダサくてもそれは単なるウケ狙いだけでなく、ウケを狙うとしても本気で作っているのでないと。

 では、フォースの覚醒の劇場で見かけたこれはどうか。

 あまりのインパクトに写真を撮ってしまったがガラスケースの中にあったので鮮明でなくて申し訳ない。
 

 その顔はどうなんだ…。アマゾンとかで日本製のフィギュアにこっぴどいレビューしている人が見たら卒倒するぞ。


 めちゃいい人そう。ジェダイというより農家の好青年だ。
 ちゃんと作ろうとしたけど結果的にひどい物になった感があって良い。

 まあ、その路線で…と思い出してみたら、やっぱりこれには勝てないよな。


 サソリベイダーという、すばらしいネーミング。そして「オレサマ」。
 
 今後も続くスターウォーズシリーズ。次作は2年後と言われているけれど、グッズの動向もしっかりチェックしていきたい。ダサいものはすかさずゲットだ!


 web拍手のお返事〜
 「大昔にパラメキア帝国さんの音楽を聴いていたものです。題名のない音楽会のゲーム音楽特集で、ふと昔聞いていたことを思い出して検索してみたら、こちらのサイトがhitして、懐かしい思いで試聴聞かせて頂きました。やっぱりここの音の格好良さが好きです。新作CDも出るのでしょうか、楽しみにしています!」

<ありがとうございます。題名のない音楽会は僕も観ました。ファイナルファンタジーはまさかのリコーダー合奏。そして植松伸夫氏の「ゲーム音楽はみんなで演奏する時代になる」という言葉は印象的でした。
 音楽の教科書に愛のテーマやエイトメロディーズが載った時は驚きましたが、今はゲーム音楽のオーケストラとか吹奏楽団とかどんどんできて、時代は変わってきたなという印象です。ゲーム音楽を聴いて育ってきた世代が大人になって、時間やお金や、その他の余裕ができて…というタイミングもあるのかもしれません。
 ただ、この流れがこの後長く続いていくのかどうかと考えると、それは分かりませんよね。たとえば仕事が忙しくなったり、結婚して子どもができたり、一緒にやる仲間がいなくなったり……。一度活動を休んでみた実感としても、休んだり辞めたりの原因っていくらでもあるような気がします。
 だからこそ僕らは今やろうと思っているし、これからも続けようと思っているんですけどね。(まあ、昔から空気読まないでやってきているので、時代の流れに関係なく好きなようにやっていくだけですが…)
 思い出してもらえるのは本当にありがたいことです。活動休止したのも気持ちが切れたからとかやる気がなくなったからではないので、自分の気持ちとしてはほとんど変わっていません。以前と変わったかどうかということって、自分達では全然わからないことです。うまい下手とか、技術が進んでいるかどうかによる違いも、それが作品としての評価に直結するわけではありません。
 だから以前にやっていた時の気持ちが、いま作っているものの中にあると思ってもらえるとしたら、とても嬉しいです。CD制作もがんばります!
 

2014年10月26日日曜日

今も昔もみんなのうたが好きだ。

 みんなのうたが好きだ!もうこれには誰も異論ないことでしょう。

 60年代、子どもたちに歌の楽しみを伝えたようと始まった番組らしい。僕にも子どもが生まれたので大手を振って観られるようになった。
 たしかに今の放送を見ていると、うーん…という曲もある。ただ、そもそも昔を思い出してみたらそんなに全部が名曲という感じでもなかったような気がする。ジャンルも歌い手もバラバラだし、いろいろな音楽を子どもに紹介するという意味合いも強いだろう。放送されるどれか一曲でも子どもの心にひっかかるものがあればいいのだ。

 すごいのはそんなバラエティ豊かな曲のどこかに必ず「みんなのうたっぽさ」があるということだ。ジャンル:みんなのうた、みたいな感じで。
 普通のアーティストのCDを聴いていて、「なんかこれ、みんなのうたっぽいな」と思うことがあるが、そういうのは大体自分の好きな曲だ。

 一曲の中のストーリー性とか、音楽と映像の一体化というのは、考えてみれば自分の音楽的嗜好の根幹を成している部分だと思う。
 聴いていて映像が思い浮かぶ曲っていいじゃないですか。僕が筋肉少女帯とか人間椅子を好きになったのも、当時バンドブームという大きな流れはあったにしても、「詩人オウムの世界」とか「夜叉ケ池」にストーリーと絵を感じていたからだ。
 詩人オウムの世界なんて、詩人の言葉が風に乗って蝶の群れとなり…って、絵になったら絶対美しいでしょ。(あと、夜叉ケ池はホントにすごい曲なのに、そのPVがホントいけてない。)

 話をもとに戻して、今のブログはYouTubeを貼り付けることができるから、お気に入りソングを紹介しようかなーと思ったら、これがあんまりアップロードされていない。まあ、そうなるだろうね…。

 NHKのEテレにはお願い編集長というホームページがあって、そこでリクエストすれば昔の曲をかけてくれる。しかし50年以上もやっている番組で、好きな曲に当たるまでは気の遠くなるほど時間がかかりそうである。(それでも録画はし続けているけど)

 一応いまYouTubeにあるものだけでも…ということで少しだけ。

 ただし、みんなのうたには超A級有名どころから、入手難易度Z級みたいな幻の曲もある。今さら「メトロポリタン美術館」や「キャベツUFO」が素晴らしいとか「まっくら森」って怖いよなと言っても意味がないので、それよりはちょっと有名じゃないかもしれない曲の中から選んでみたい。


 最近の曲から、「誰かがサズを弾いていた」。
 見られない人はこちら。







 歌はヤドランカ(ALSを発症してボスニアに帰国したらしい…)で、映像(人形)はなんと宇野亜喜良。すげー。開始30秒くらいで観た子どものトラウマ決定!悪夢みたい。そして美しい。
 何年か後で大人になって「あれはなんだったんだろう」ってこの曲を思い出せる今の子どもがうらやましい。見ているとつくづく、滅びや死と安らぎは一体のものであると感じられます。

 では自分が子どもの頃の思い出の一曲を。
「ポケットの中で」
  見られない方はこちら。





歌は斉藤由貴、歌詞は銀色夏生、絵はやなせたかし。今、個人的にブーム到来中の80年代サウンドにちょっと抽象的で切ない歌詞。
 そしてこの絵がホントに素晴らしい。やなせたかしってアンパンマンというより、僕には「やさしいライオン」とか「チリンのすず」といった「なんでここまで子どもを悲しませたいの?」という絵本のイメージが強い。この歌ではそっち側のやなせたかしが、歌のコンセプトに合った(ちょっとマグリット風?)絵を描いている。
 いま改めて見ていると、誰も好きになっていないのに失恋していた子ども時代の僕の気持ちに優しく寄り添ってくれた曲だなーと懐かしく思われます。

 ああ、なんだか深刻な曲ばかりになってしまった。不条理系も好きなんだけど、地球ネコとかテトペッテンソンとかはYouTubeにはありませんでした。昔はトレロカモミロとかハメハメハ大王が好きな、朗らかな子どもだったこともあったのに、怖いのと暗いのが心に残るんだよなー。

 ところで、みんなのうたに影響を受けた人が今は曲を提供していて、畑亜貴の「図書館ロケット」とか、やくしまるえつこの「ヤミヤミ」も楽しく歌っていていいなと思う。あ、平井堅の「おじいぃさんのー、とけひぃい〜」、アレはやだ。



2014年10月3日金曜日

青春を悔いる必要はない

 僕は映画『バス男』が大好きだ。出てくる人々が全員愛おしいので、何度も観てしまう。
 その中に、高校生のときアメフトの州大会出場をかける試合に自分が出られず、それを二十年くらい引きずっているオッサンが出てくる。すごくしょうもないオッサンで、いつも「あの時に戻れたら…」と思っている。自分がもし試合に出ていたら勝っていたと、架空の大活躍シーンをシミュレーションしてみたり、マルチ商法の販売員になって、街のお年寄りをだまして儲けたお金を使って通販でタイムマシンを買い、やっぱり戻れなくて悔しがったりする。

 僕の周りにも「あの時こうしていれば…」とか、「あの頃に戻りたい」という人はけっこういる。僕はというと、こんな懐古趣味な活動をしておいて何だけれど、昔に戻りたいと思うことは一切ない。
 小中学生の頃、図書館と古本屋が僕の天国で、そこに置いてあるものが変だったのか 、キン肉マンやドラゴンボールの時代には 手塚治虫と水木しげるを読み、バンドブームだといって好きになったのは筋肉少女帯と人間椅子だった。他人との差別化を図りたかったわけではなくて、たとえばジュンスカとかXのCDは図書館で貸し出し中だったり、ジャンプコミックスは無くても火の鳥やブラックジャックは置いてあったと、そういうことかもしれない。…まあ、その後も当然ズレていきますよね。
 まず一番大きな ズレというのは、自分の中に「女の子と仲良くしたい」という気持ちが無くなって行ったことだろう。身の回りはもとより、トレンディドラマは観たことが無いし(今でもテレビでドラマというものを 観たことがない)、アイドルも好きだったためしがないし、マンガでさえも『きまぐれオレンジロード』とか『電影少女』とか『Boys be』とか忌み嫌うようになった。

 ではそんな子どもの頃の僕がJ-POPを聴いて、昼休みはサッカーボールを持って校庭に走って行くという道を通っていたらどうなっていたか、と考えてみる。
 少なくとも人にダサいと言われない服を着て、中高生の頃とかにステキな彼女ができていたかもしれない。僕みたいにある意味で青春を失敗した人というのは(言い過ぎかもしれないけど)、類は友を呼ぶのでけっこう周りにいるけれど、自分の趣味嗜好がもう少し世間寄りだったら…と思うこともあるらしい。
 
 そういう人に会うと 、特にその人が僕と同世代だったりすると、いつも見せたくなるものがある。 そして、80年代の表舞台にいなくて良かったですね、と言ってあげたい。
 それが、このPVだー!

 
 頭のてっぺんからつま先まで、全部ダセ ー!
 この時代に戻りたい人は、まずムチムチのジーパンを買ってキーボードを壁に固定するがいいよ。